日本版FCC構想を受けて簡潔に
本当は細かい話をいろいろ書いた方が良いのでしょうが、そんな時間も無いので。
「国家権力」を統制するという観点では、総務省より警察庁の方が遥かに強力な規制を導入しなければならない状態になりつつあると思います。総務省より先に警察庁を規制すべきです。今でさえmixi等ネット企業に節度の無い圧力をかけている警察庁の力が相対的に増大すれば、通信行政が混乱し大変なことになります。日本のネットサービスからのユーザ流出も続き、企業の競争力がますます低下してしまうことでしょう。
むしろ、検察・警察に対して、民間企業の営業に対して圧力をかける行為を類型化し違法化し厳しく罰すること、諸法(憲法や刑事訴訟法等)を厳格に適用すること、曖昧な刑罰法規を改正すること、過当な刑罰請求に対して刑事罰を科すこと等の警察規制政策・遵法政策が求められます。これこそ「国家権力」の不当な介入を抑止するものでしょう。
警察学校における刑法教育やサイバー犯罪研究等においても、(さまざまな論点において「総合的に考慮して判断する」など解釈の幅を拡大することで)警察にとって都合のいい言説を主張するような御用学者や研究者を採用するのではなく、学者としてより適切な識見を備えた人物を据える必要があります。
とかく争点の無い選挙だと言われていますが、各政党には警察規制をしっかり政策に組み込むことで、特に公明党との対決姿勢を鮮明にしてもらいたいと思っています。それが出来ないということであれば、他の党に投ぜざるを得ません。(本当は、自民党がこの点でしっかりしていればそれに越したことは無く、実のところ民主党よりも期待しているのですが、警察とくっついている公明党と連立しなければ政権を維持できない現状では難しいところでしょう。)
この方面での各党の「改革」を期待します。私の一票は、権力の不当な介入を最も排除し「個人の安全=自由と権利」を守ろうとする方面に投じられます。
最近つらつらと思うこと
一国多制度
わたしが今年になってよく考えるのは、ネット社会は物理的な国家の枠を越えて一国多制度を実現すべきなのではないかということだ。生産的な能力に欠け他人の足を引っ張るだけの能力しか持たない厨房は、厨房だけの国家の中で生きていくのが幸せだろうし、それ以外の人間の足を引っ張るフリーライダー的行為は許されない。われわれ生産的な人間は、われわれだけの仮想空間領域を作って共存し、その風習に与しない厨房は参加できない。そういう国家体系が構築できたらいいと思っている。
自由を尊重しない人間からの自由の剥奪
わたしは何より自由を尊重するというタイプの人間ではない。むしろ逆かもしれない。自由を尊重しようとする人間の邪魔をする人間からは、自由は積極的に剥奪されるべきだと考えている。そのように、自分だけ都合のいい自由を謳歌するフリーライダーは許さないとか、常に言行一致であれと考えているという点では、むしろ公正にこそ重きをおいているタイプの人間なのだと思う。
著作権に関しても似たようなスタンスをもっている。わたしが最初に考えたライセンスは、自由を尊重するためのものではなく、著作権の制限を認めない人間に対して著作権の制限に基づく利用を一切認めないという反射のようなものだったし、ダウンロード違法化に対しても虚偽著作権表示の違法化を主張した。著作権というものは道交法の速度制限と同じで、実質的違法性に欠けるものを違法化している点でけしからんと考えている。まともな学者なら、著作権侵害していない人などまずいないと言っている。他人に見られないように著作権侵害している人間が、他人の著作権侵害を弾劾することは許されない。
性的自由の本質
性的自由に対する侵害などが議論される場合、そこで考えられている「自由」は、ほぼ例外無く好まない関係をもたないという自由=拒絶権だ。しかし性的自由の本質は選択権である。受容権が無いことは自由とは言わない。フルシチョフを賞賛することしか出来ない(=批判できない)自由というのは「自由」ではない。
もうひとつ重要なのは、個人法益たる性的自由は、社会法益たる風俗秩序に優先する価値をもつということだ。自由の行使機会を剥奪するような規制が行われてはならない。この観点で特に最近問題視すべきは「出会い」を制限しようという考え方である。管理売春などではなく、本人同士が真摯な同意に基づいて専ら性的関係をもつために「出会う」ことを規制する合理的な根拠は、実は存在しない。それ以前に「恋人がほしい」程度の動機で「出会い」を求めることすら問題だと勘違いしている人間もいるようだ。そのような考えはむしろ先の「性的自由」を侵害するものであるということを意識すべきである。
「安心・安全」の意味が勘違いされている
本来の「安全・安心」の対象は、単なる身体の保全ではなく、包括的な人権の保障である。その中には、表現の自由や幸福追求権も含まれていなければならないのだが、単なる身体の保全のために自由権などの基本的人権を犠牲にすることが「安全・安心」だと勘違いしている人間や組織が少なくない。補充性の原則を遵守できずに「安全・安心」を語ることは、法益保護の本来的な目的に反する、有害なものだ。
そんなことよりですね
mouse on the keysがカコイイのでオススメだ
https://www.youtube.com/embed/Ni0y4pd87WU?wmode=transparent
コメント
AiNoTame — 07/29/2009 18:16:41
まあアメリカみたいな200万人滞在刑務所社会にならねけれやいいけど。
http://www.homeoffice.gov.uk/rds/pdfs2/r188.pdf