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ものがたり
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ロボットと人権

しばらく前に(そうなる予定は無かったのだけど)、代理母についてちょろっと調べたりしていたのは、かつてロボットの人権がどうのこうのというニュースがあったのと関係しているのだけど、まだその本題について書いていなかった。で、何かしらまとまった内容の物を書こうと思ったのだけど、論点が多すぎてまとまらない。というわけでスクラッチだけ書いて置いておきたい。考えがまとまったり変わったりしたら、後でまた書く。

ロボットの権利と義務に対する規制の可否

ロボットにかかる法律の問題として、よく言われるのはロボット三原則で、これはフレーム問題に直面するから実現は不可能だ…というところまではよく言われることだと思う。だが、ちょっと考えてみれば、人間に対する規律である法だって、実際には同様の問題に直面しているはずで、日本人も103条の憲法のみに縛られているわけではない。大雑把な行為規範としての規則には、なお存在する意味がある。

さて、ロボットに権利が認められるとしたら、どのようなものがあるだろうか。

権利の主体

普通に考えたらロボット本体であろう。しかし全てについてこれが当てはまるのか。実は創作者だったり設計者だったりしないだろうか。ロボットがたとえば著作物のような存在であれば2、たとえばロボットの人格権について論じている人間は、実は創作者に特別な権利性を見出しているだけかもしれない。そのような権利議論は、特にその背景となる権利の正当性について、特に慎重に見極める必要がある。

創作者はどのような立場とみなされるのか。ロボットが人間に近い存在であるとすれば、創作者は単なる親のようなものであって、むしろ創作者に帰属する権利は少なくなるはずである。たとえば親が子を殺害してはならないように、創造者がロボットを破壊する行為は禁止されるし、部品=身体能力を奪う行為も禁止されるはずだ。あるいは、子供が親のおもちゃでないのとは異なり、ロボットは創作者のおもちゃとして扱われるのかもしれない。胚について一部有力説が主張するように、生命性を肯定しつつ財物として扱うのか。かつての奴隷制度(観念するのが難しいが)のように人権と所有権を並列的に認めるのか。

創作者という定義も一枚岩ではないであろう。AIの設計者と部品の設計者、実装者は現代的には異なることが多いはずだ。ロボットの単なる工場生産者に何らかの権利を認める意義は無さそうだと思う。

Footnotes

  1. これは金銭を代償に性的に搾取されやすい女性の自由を保護するというものである。歪曲した性的嗜好を「矯正」するという意味でのパターナリズムは刑法上観念されない。

  2. このような法律が議論される時期に至ってもなおプログラムが著作権法の対象であるような後進的な未来社会であったとして


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